インスタレーション(8) 手招きする手群
2016.12.19
題名:「手招きする蔵」

この蔵の前を通るたびに、蔵の中に私が過去に失われた何某のものが置かれているんじゃないかと思う。
例えば、十年前に亡くなられた高校時代のガールフレンドの弾いていたエレクトーンとか・・・
うっすらと埃をかぶった白い布が
突然はらりと落ちたりするのだ。


ここは彼女の地元だから、十分あり得る。


蔵の瓦の上の手群がつぎつぎに手招きをする。
そそくさと小走りで抜けるに越したことはない。
誰かが作業しているときもある。
それでつい誘惑に負けて、半開きの扉から覗き込むことがあった。





蔵のなか、高い小窓から射す陽がスポットライトのように、ひとりの少女と一匹の猫とが戯れている姿を映し出した。
少女は紫色の着物を着て黄色い帯をしていた。
猫は灰色に黒と白との縞模様である。
互いに顔合わせのように対面していたが、不意にこちらの気配に、縞模様の猫がこちらを見た。
その猫の瞳は、子供のころに覗き込んだ井戸の暗い底、濃い青緑色の水面にきらりと映った光と影と同じだった。
瞳は強い恨みの色であった。



あれから十数年、猫はもう寿命が尽きたかもしれない。しかし、少女は成年して大人になっただろう。
紫色の着物と黄色い帯はきっとこの蔵の行李の中にあるに違いない。

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